ツイッターに死蔵される情報と、ブログ開設の目的 その他、2016/05/15 12:12

ここ数年、ウエブ上での発言の大半をツイッターに蓄積してきた。「おはよう」みたいな軽い投稿もあるけど、そこそこ纏まった話も結構書いている。連続投稿に一時間ぐらい費やす事は珍しくないし、図示した方が分かりやすい話題では添付画像を一枚作るのに一時間以上掛ける場合もある。現時点のツイログの統計に拠れば、ツイート一個で平均 68.3 字、一日に平均 1938 字をツイッターに書き込んでる。

しかしツイッターの投稿は、ほとんど投稿直後の短期間にしか閲覧されない。どれだけ面白くて有益な情報でも、投稿から 24 時間経ったら新たな読者がそれを見付け出すのは稀だ。一旦「過去ログ」となった情報が新たに役立つ可能性はとても低い。

まづ投稿直後の閲覧に関しては、以前投票機能を使って調べた所(2015/11/14)、私のツイートを「見てない時間帯の投稿もほぼ全部読む」(つまり直近 24 時間程度の未読分を遡っている)と答えたフォロワーは十人しかいなかった。ちゃんと読んで下さっている人がそれだけいるのはありがたいけど、当時の名目フォロワー数が 352 人だったのを考えると驚くほど割合が低い。大半のツイッター利用者は、タイムラインを見てる間に偶然流れて来たツイートだけを受動的に読んでいると理解される。リツイートによって広まった場合はフォロワー以外の目に触れる事になるけど、読み方が大して違う筈もなく、リツイートが偶然流れて来たのを受動的に読んでいるわけだ。

でも根本的な問題はそこではない。見てる間だけ受動的に読む人も、未読分を残さず読む人も、フォローした時点より前のログから情報を得る事がほぼないという点では同じだ。今フォローしてない人が過去ログに接する可能性は一層低い。過去ログにはたくさんの時間が費やされているのに、生かされないのが勿体ない。

今、過去ログの内容が人の目に触れるとしたら、全部読破するのはあり得ないので、読者の興味に合う情報を抽出して読むのが想定される。私がツイッターに登録したのは 2009 年七月で、今までに七万個以上のツイートを投稿している。これを読破するのは無理な話だし、私も他人のログを読破しようとは思わない。実際、古いツイートがイイネされたり、リツイートされたりする事がたまーにあるのは、恐らく検索機能を経由してるんだろう。これは「情報の抽出」に当たる。但しツイッターの検索機能はあまり信頼できない。形態素解析を過信した作りなので、平仮名の未知語が大抵駄目だ(たまごっちの名前を入れても使い物にならない)。しかも一部のツイートが不規則に抜けていたりする。

検索機能の問題はツイログでは発生しないのでいいけど、そもそもツイートという様式で記述された情報は、ログの閲覧者にとって探し出しにくいんだ。書いた本人でも「数年前に書いた覚えがある」と思って探し出すのに骨が折れたりする。個々のツイートには分かりやすい「題名」がなく、コマ切れの本文が剥き出しになっているだけ。検索で見付かるかどうかは個々の言い回しに依存する。私はなるべく検索しやすい語句を各ツイートに常に織り込むように注意してるけど、字数制限もあるから或る程度は省略しないといけない。それに連続投稿の一部だけ検出されたら、その前後を繋ぎ直して読むのが面倒だし。

一方でツイッターには、考えた順に小さく纏めて送り出していく書きやすさがある。連続投稿は初めから長い話を書こうとした場合だけでなく、書きながら考えたら結果的に話が膨らんでいったという場合も多い。ツイッターを廃止して長い記事だけを書こうとは今のところ思わない。

そこで、ツイッターに書いた話を簡単に記事として纏めていけばいいのではないかと考えて作ったのがこのブログ。これを利用すれば、ツイートにはない以下のような特性から、過去の情報が得やすくなると期待される。

  • 一続きの話がコマ切れの連続投稿ではなく一本の記事になる
  • 分かりやすい題名が付いて、読む前から内容が見通しやすい
  • 分野別に分類(カテゴリー分け)して一覧できる
  • (タグで横断的に記事を探せる…のは利用するかどうかまだ分からない)

情報の完備した分かりやすい記事を書こうとすると時間が掛かるので、このブログではあまり欲張らないで手早く書き上げるようにしたい。この記事は割ときちんと文章を書いてしまったけど、毎回そこまでの内容は求めない。「この状態ではまだ公開できない」と思ってお蔵入りにするのも勿体ないし、一個に手間を掛けたらほかの物を作れなくなる。あまりこだわらないようにして、書きやすさを最優先したい。

雑な状態で公開するので、記事の投稿後一週間ぐらいは加筆修正を一々記録しなくてもよい事にする。

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